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2009/07/31

グローバル!!

このところ、人の付き合いがグローバルなものになってきてます。

(って、自分だって”日本人”で完全なるforighnerなんですが・・・)

やっぱり、人が人として付き合うのに人種や国は関係ないなぁって実感してます。

身をもって。

例えば、今いるホテルのスタッフ。話しかけると、下手なクメール語でも聞いてくれて、冗談を言ったり、からかったり。掃除のお姉さんは、にこっとあいさつするだけで、「元気?」「ご飯食べた?」って聞いてくれる。そうやって仲良くなったみんなにまみれて、今、あたしは、毎日の昼食と時々夕食を、ホテル裏の従業員スペースで食べさせてもらってます 笑

Dyっていう配車係のおじさんが、あたしのためにプサーに行って、クメール料理のテイクアウトを買ってきてくれる。

一食2000リエル(0.5ドル。破格!!)。なのにおいしくて、おなかいっぱい。緑も入ってて栄養バランスも良さげな感じ。現地人じゃなきゃわかんないこの買い物のうまさ!!ほんとに感謝です。

っというのも、住む家が見つからなくて、ホテル暮らしをしてるんだけど、自炊ができないだけに、食費がばかにならない。(この国の教師の平均収入は約40USD。外食なら、1食あたり1ドル~。これじゃあ生きていけないですよね。)

そんな話を軽くしてたら、Dyが「俺がプサーで買ってきてやるよ!米は、ホテルの従業員用だから、好きなだけ食べていいし!」って・・・。

サービスとかじゃなくて、人がいい(よすぎ!?)。そんなDyおじさん、大好きcat

例えば、(あっ、またシリーズ!?)

土曜日は半日なのに、知らずに午後も学校へ行ってしまったとき、VVOBっていう、ベルギーのNGOのスタッフ、ビゼーとたまたま出会いました。

最近帰国するまで、PTTCでも活動してて、学習支援とか、校内の環境美化に取り組んでいたそう。今回は、去年建てた焼却炉が有効利用されているか視察に訪れたらしい。

副校長に紹介してもらい、一緒に焼却炉を見て、その利用状況に、一緒になって唖然とした間柄・・・。

なんとかしなくちゃ・・・。

もしそう思わなければ、今日に続く付き合いはなかったと思います。

今日は学校の校内美化の今後について校長、副校長と一緒に話し合い、夜は、彼の元隣人の子供たちとサーカス(バッタンバン名物?)を見に行ってきました。

Sakasu

例えば(その③)

KOICAのリィ。

KOICAはJICAの韓国(KOREA)バージョン。

勤務初日のワークショップで出会った23歳の女の子。

バッタンバンの教育省から来てた彼女。話しかけなければそれまで。

もう会う機会もなかったかもしれないけど、クメール語が拙い者同士、付き合いが始まりました。

こないだは、ご飯に招待してくれて、同じKOICAで、バッタンバン大学(見学したとこ!!)で講師をしてる人も一緒に楽しい時間を過ごしました。

Korea

メニューは、リィ作プルコギとキンパプ、キムチなどなど盛り合わせ(食後はフルーツてんこ盛りnotes)おいしかったhappy02ごちそうさま

みんなの共通語がハングルでも英語でも日本語でもなく、クメール語だったのがちょっとおもしろかったcatface

いろんな国籍が入り混じってる混沌としたカンボジアらしいこの状況。

かなり刺激的。

そして、もっと英語が話せたら!!ってすごい後悔。

でも、1か月が過ぎて、7月が終わろうとしてる今、かなりクメール人化してる自分に気付きます。

heart01カンボジア

heart01チョンチアット・クマエ(カンボジア人)

まずは、国を愛すること。日本じゃなかなか感じられなかった愛国心が大きく育っていますshine

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2009/07/20

勤務初日~☆

というわけで、今日から3日間、教育学について先生たちのワークショップがあるらしく、朝7時からの講義に合わせてホテルを出ました。

金曜に、校長先生から「月曜に先生たちの前で挨拶をしてもらうね」と言われていたわたし。それなら!と、サンポット(ほとんどのネアックルーがはいている巻スカート)を着て、準備万端で外へsign03

ところが・・・(その①)

あいにくの雨・・・rain

え~っsign02今日まで日中は一度も降らなかったのに・・・

しかも、傘もカッパも買っていない・・・

とはいえ、まあ、雨季だし仕方ないcat

金曜に買った自転車で行こうかと一瞬思ったけど、

せっかくのサンポットが濡れたらやだな~なんて、ちょっと女らしく考えたりして。

選んだ手段は、屋根があって濡れないトゥクトゥクsprinkle

Tukutuku

ところが・・・(その②)

それが間違いだった・・・。

「『小学校教員養成校』ってわかる?」

「どこだ?」

「道をまっすぐ行って、端のところで曲がって・・・」

「よし、行ける。行ける。」

たぶん、その会話もかみ合ってなかったんだろうな…

いきなり道を間違って走り出してたのに、あたしは安心しきって自己紹介の原稿を見て気付かず、気付いたら、ここどこっsign02

急いで止めて、5号線のタードンボン像があるとこに行きたいって言うんだけど、

「???」

伝えるのに身振り手振り、像の真似までして(これで気づいてたsign01)何とか像まではたどり着くも、

その後、結局もうひと迷いして学校へ…

人気のない道に入りこんだときは、ぎゃ~っsign03って本気で焦りました。

・・・何もなくてよかった。

時間は奇跡的にセーフscissors

そんな初日でした☆

ちなみに、今日の講義の内容は、特別支援教育についての内容だったようです。

Ws1

クメール語95%、英語5%の講義。

リアルタイムでの理解は不可能ですbearing

これから辞書を片手に講義メモと格闘しますsweat01

2度あることは3度ある。

3つ目の「ところが・・・」に期待した人

・・・ありますよ。

原稿まで準備した自己紹介。

ところが・・・(その③)

自分でペラペラッと話して去って行った校長先生・・・。

ズーン・・・

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2009/07/16

Battombong☆

7:45 ドミトリー発 ~コンポン・チュナン経由~ バッタンバンへ

JICAワゴンに引っ越し荷物を詰め込んで、いざ出発~☆

ドミからコンポン・チュナンまでは、3時間かからないくらい。

検査技師の同期隊員が、配属先の病院にあいさつするのを見届け、

昼食をとってから、再び出発☆

Car_2

昨夜は、同期隊員と「ラスト・フレンズ」見てて、

最終話を見終えたときには、a.m4:00・・・coldsweats01

出発と同時に限界sleepy

で、次に起きたのが奇跡的!?

バッタンバンの街の入り口にある『ター・ドンボン』像の手前note

Ta_2

ありがたや、ありがたやclover

15:30頃ホテル着

自分の家が見つかるまでは、ここにお世話になります。

配属先への挨拶は、明日・・・

ってわけで、荷物を運び込んだ後は、ボランティア調整員の馬田さんにくっついて、バッタンバン大学へ。調整員と大学側とのmeetingに同席させていただきました☆

バッタンバンは、カンボジア国内でも有数のコメどころ。

州では、来る世界的な食糧危機に向けて、米だけでなく、野菜づくりや灌漑整備にも力を入れていきたい様子。

そこで、大学側は、JICAに農業分野や獣医・衛生など、できれば、いろんな分野で大学講師を依頼したかったようです。

未来に向けて、自分の役割を見出し働きかける努力をしているところは、素敵だと思いました。

meetingのあとは、構内見学。

国は違っても、つくりは大体おんなじです。

農学棟では、かつて、岐阜大学教育学部生物学科で見たような器具や設備を見つけて、思わずうれしくなりましたhappy01

Ike_2 Rab

でも、いろんな支援が入っているはずの大学の農学部なのに、10年前の日本の教育学部の生物科と、まだまだ同じレベルだということかもしれませんね・・・。

色々と勉強になりました。

夜は、嬉しいことに、JICA関係者の先輩方が、歓迎会を開いてくださいましたnotes

Kangeikai

ありがとうございました。

ここでなければ出会わなかった新しい出会いに、感謝しています。

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2009/07/12

Home Stay in Compong Cham

7月6日(月)~10日(金)

 ~1日目~

首都プノンペンから3時間ほど離れた街”コンポンチャム”にて、5日間のホームステイをしました。

カンボジアで一番人口が多いこの街。大河メコン川が縦断し、その恩恵を受けた肥沃な土壌は、農業に向き、様々な農作物を生産している豊かな場所です。

”コンポン”は港を表すクメール語です。カンボジアにとって、重要な流通経路は、メコン、トンレサップ、バサックの3つの川。だから川沿いにはコンポン何チャラが地名として残る場所がたくさんあります。

コンポンチャムもその一つ。正確な由来は、昔、中国人やマレー人(チャム族)の商人が多く集まったことから”コンポン=港”、”チャム=マレー(マレー人)”「マレーの港」とよばれるようになったそう。

コンポンチャムの街は田舎と呼んだら失礼なくらいの”街”でした。

(もちろん30分ほどモトに乗って、郊外に出れば、見渡す限りの平原や、路上を庭にする家畜たちに遭遇することもできますが。)

さて、私がお世話になったのはコンポンチャム小学校教員養成校で先生をしているネアックルー(女の先生)、キムヒアンのお家。

JICAバスに乗り合わせて一人一人降ろされていくのですが、バスはどんどん街を通り抜け、人気のない方へ。

道はアスファルトから赤土、さらには草の生い茂る側道へ・・・

そこにあったのがホームステイ先でした。

覚悟はしていた、クメール風家屋。

中に入るとお母さんがすかさず話しかけてくるのだけど、早口すぎて理解不能sweat01

やっていけるだろうか・・・不安になりました。まじめにdown

(さっていくJICAバスでは「顔が引きつってたけど大丈夫か!?」と話題になったほど 笑)

でも、はじまっちゃえば、生きるしかないpunch

 ・ 言葉が通じなかろうが笑ってごまかす。

 ・ ニュアンスが伝わったら結果オーライ。

 ・ この子大丈夫かしら・・・と思われても落ち込まない。

そんな調子で過ごす術を見出した1日目でした☆

 ~2日目~

せっかくやってきたからには、じっと家にはいられません。

朝7時からキムヒアンとサオリ(一緒にコンポンチャム派遣されたJOCV)とともにチュップゴム農園へ。

日本が改修工事を行ったきずな橋(クメール名で「スピアンキズナ」という)を通って、モトで30分くらい行くと広大なゴム園がありました。

Gomuen_soto

正規の見学は電話予約が必要なのだけど、そうとは知らず行ってしまった私たち・・・

しかし、そこで強運が働きましたclover

ゴム園の近くに住む、キムヒアンの叔父さんはゴム工場の関係者だったらしく、

「ついて来い」っと楽々工場内に入らせてくださり、その後は、見学したい放題happy02

Gomuenn

見学後はお昼ご飯と昼寝までさせてくださる始末。

クメールの人の温かさと、とことんまでの面倒見のよさを味わわせていただきました。

 

 ~3日目~

朝6:40に家を出てRTTC(中学校教員養成校)へ。

カンボジアには、どの州にも1つずつのRTTCとPTTC(小学校教員養成校)があります。

コンポンチャムの両校には、2008年から、それぞれ一人ずつJOCVが入っています。

今日は7時からの2時間、RTTCで理科実験の授業を見せてくださるとの一報を頂き、出かけました。

授業内容は、半透膜の透過性を確かめる実験のノウハウを実験を通して、学ぶものでした。(私も一緒にやらせてもらいました)

授業形態はTT。T1がクメールの先生、T2がJOCVの方でした。

半透膜の材料に選ばれていたのは、アヒルの卵の殻の内膜とたまねぎの薄皮。材料はカンボジアで手に入りやすいものを工夫して使うそうです。

そう、ここはカンボジア。日本のやり方は通じません。

授業を見て、体験して、間近に感じることができ、ありがたかった。

そして、将来、中学校で理科の先生として教壇に立つかもしれない生徒さんに出会えたことも。

18歳ぐらいの年齢層らしいですが、真剣な授業態度と、入り口にそろえられた靴や、実験道具を大切そうに扱い、きちんと片付けている姿に感心しました。

 

 ~4日目~

今日は、朝7時から2時間、PTTCの方にお邪魔しました。

私の要請と同じ小学校養成校の理科の授業。

1時間目は、TT体制での「病気と予防」の授業を見させていただきました。

授業の進め方や板書、カードを使った活動。先生とJOCVの工夫や努力が伝わりました。

Pttc

今まで、黒板のみを使った教え込みの授業を受けてきた生徒さん。

カード相手ににらめっこして考えて、考えて、答えを出そうとしている姿を見ると、「体験させる」授業の機会を与えることは、本当に大切だと感じました。

生徒さんの雰囲気はRTTCとは違い、なんだかとってもきゃぴきゃぴ(死語?)な感じ。

先生が板書しだすと「色が白いね!とってもきれい!!」「なんて名前なの??」とニコニコ笑顔で話しかけてくれました 笑

とっても明るく元気なクマエたち。若さをもらって帰りましたcatface

そして午後。

キムヒアンが、明日帰る私とサオリのために、クメール風カレーを作ってくれました。

カレーは特別な日に作るごちそう。

それを、「食べさせたい」と思ってくれたっていう、それだけで、ものすごくうれしかった。

4_karry_2

味はもちろん最高!!キムヒアンは料理上手だと思うすごいなぁ・・・

カンボジアに来て食べたものの中でも一番くらいおいしかったnotes

 ~ 5日目~

プノンペンに帰る日。

なのに、なぜか朝3;45起きして、4時からハットプラン(運動)しにキズナ橋の下へ。

4時だというのに結構な人でにぎわいます。(やっぱり、来るのは、ぽっちゃり目の人が多い)

橋の下のハットプランは、日本で言うエアロビクスのような運動。

ウーハーのきいた大音量の音源の近くでダンサー?インストラクター?の人が動くのをまねて踊る踊る。

すっごく汗かきます。

いい加減踊り終わると、今度はロアム(クメールの歌謡曲にあわせたダンス。日本の盆踊りのような感じ)がはじまって、みっちり2時間動き通しましたrun

ホントに今日帰るの?というような朝の始まりでしたが、やっぱり帰るときはやってきます。

言うならば”ウルルン”ですweep

クメールの家族がコンポンチャムにできました。

お父さん、お母さん、おじさん、おねえちゃん、ナーリー、キムヒアンの旦那さん、ありがとう。

そして、キムヒアン。あなたには本当に感謝しています。

Kimhiang  4_kesikitohutari

好奇心旺盛で、明るく、元気で、正直で、ちょっとおっちょこちょいで、とっても世話焼きで、なにより人に優しいキムヒアンに出会えたこの縁に感謝しています。

ずっとつながっていきたい人がまた増えましたshine

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2009/07/05

National museum

   土日は休日となるプノンペン研修

昨日は王宮横にある”国立博物館”に行ってきました。

Museum

1905年に作られたこの建物は外観がとても美しいshine

中心には中庭があってジャヤヴァルマン7世の像が静かに座っています。

Museum_niwa

今日は途中で激しいスコールが降ってきましたが、

降り止んだ後のぬれたコンクリートには、ひょっこりカタツムリ。

Museum_katatumuri

そんな静かな時間が過ごせる場所でした。

さて、今回の私の個人的なお目当ては、3つ。

① ジャヤヴァルマン7世像

 インドシナ半島の大部分を占めるくらいの大王朝を築き、アンコール王朝に最盛期をもたらした王様の像。(中庭のものとは別)神様やほかの王、天女がきらびやかに飾られているのに、装飾物を一切つけないで、瞑想している姿や、慈悲深い表情が印象的です。

② 8本腕のヴィシュヌ神

 ヒンズー教の神様。背面の馬蹄型の支柱はクメール美術の特徴だそう。2m強の大きさで、上から見下ろす表情がどことなくやさしく感じました。ちょっと足が短めで、クメール人仕様なんだって・・・。そういえば、プノンペンで見かける犬はダックスでもないのに足が超短かったっけ(関係ないっ!?)

③ バンテアイ・チュマールの観世音菩薩(千手観音)のレリーフ

 一度は盗掘にあったものの、タイ政府からカンボジアに返還された壁画。

でした。

①、②は、その表情に惚れぼれ。

私はまったくの素人で、詳しく語れる知識は持ってないけど、

頬のふくらみや体つき、口元のほんの小さな動きまで繊細に表されていて、今にも動き出しそうなほどの写実性に目を奪われました。

また会いに来たい。

生きてはいない石像だけど、静かに生を感じさせる像でした。

2つに限らず、クメール期の神々やアプサラと呼ばれる天女、王たちの彫刻はどれも気品が漂い、すばらしくて、心に届く何かを持っているように思います。

顔と指先

この二つにはどうしても目が行ってしまいます。(ただのフェチ!?)

何より、灰色で何の変哲もなかっただろう石から、

躍動感や表情が豊かで、生き生きした神々や王たちをつくり上げている想像力や技術に圧倒されました。

本来、硬いものであるはずの石が、正反対の性質である、しなやかさとやわらかさを感じさせる像に変化しているところには、面白ささえ覚えます。

最後に、見つけた③は、展示してある場所に驚きました。

屋内を探しても見つからなかった千手観音は、なんと、屋外に!!

Sennjukannnon

写真のどこかわかります?ここでいいの?と思うような所に、壁に同化するようにして展示してありました。(道理で見つからないわけだ☆)

すでに風化が激しくて、表情や動きが今にも消えてしまいそう・・・

ちょっと悲しくなってしまいました。

カンボジアに来る前に読んだ本の中で、

かつてはクメール遺跡の盗掘や闇ルートでの販売が横行していたことを知りました。

ひょっとしたら今も続いているのかもしれません。

でも、それを回避して残ったこの貴重な遺跡。

クメールの誇り(心)として、形として、そして財産として残していけるように願います。

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2009/07/03

アウトドアレッスン

今日は朝8時にJICA事務所に集合して2回目のアウトドアレッスンに出かけましたbus

ちなみに、一回目は先週、”プサー オルセイ”っていうプノンペン市内の少し大きめな市場に行ったんだけど、

今回は郊外にある盲学校と聾学校、そしてクロマー(カンボジア名物のの万能なストールのような布)つくりの盛んな地域を見学しました。

はじめに見たのは、聾学校。

どこからかピン ポン ポロロ~ンnote

伝統楽器の音が聞こえてくる。

それが気になるも、概要説明を受けること30分。

教室見学が始まりました。

1年生から6年生までの約30人ほどが能力などを考慮して分けた3つの教室で学習をしていました。

そのうち2教室の先生は、先生自身が聾唖者でした。

その先生方は、一人一人に目を配り、笑顔を配って教えてみえて、特に印象に残りました。

何か敏感な、阿吽の呼吸のようなものがあるように見えたから。

次に入った教室では、7年生から9年生なのかな?ロアム(ダンス)の練習をしていました。

教室は二階で床が板張り。

踏み込んだ足の振動や太鼓などの音の振動が伝わりやすいような工夫なんだろうと思います。

楽器の演奏者は、近くの盲学校からこのために来ている同年齢くらいの生徒さん。

さっきから聞こえてくる、素敵な音の主がわかりました。

踊り手は聾学校の生徒さん。

演奏とロアムを披露してくれましたが

・・・酔いしれましたcatface

格好は白シャツに紺や黒のスカート、ズボンの制服姿だけど、

シャンと伸びた背中や滑らかな指先や足の動きに魅せられましたshine

そして、次に行ったのは盲学校。

声のなかった聾学校とは違い、子供たちの元気でにぎやかな声が教室いっぱいに響く。

点字を打つ道具(日本で使っているものと同じでした)で文字を書く練習をしている教室、

4つ玉のそろばんを使った算数を学習している教室、

パソコンの基本操作を学んでいる教室を見学しました。

どちらの学校でも感じたのは、先生と生徒の距離の近さ。

生徒の見せる「できたときの笑顔」と

先生の「情熱」は、ここカンボジアでも一緒なんだなあと思いました。

くさいけど・・・

当たり前に気づくんです ここ・・・

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2009/07/01

7月になったよーっ

今日から7月ですclover

と言うことは、ここに来て1週間が経ったことに…

来週は、コンポンチャムという田舎町でのホームステイプログラムがあります

プノンペン生活は、実質あと1週間程度

プノンペンはホントに都会

でもきれいなイメージはないです

ゴミゴミしている

混んでいる

ザワザワしている

空はとってもきれいなプテイ メーク(空色)なのに、

街路樹やそこに咲く花は伸び伸びしているのに、

気づかず走り抜けていく人が多いような気になる

そんな場所です

富んでいる人と貧しい人とが隣りあわせで生きている

ホントに隣あわせ

隣人になっていることも少なくない

そんな場所です

なーんて、

まだまだ何も知らないひよっ子が言うことですがねchickピヨピヨ

ただ、食べ物はおいしいですapple(当たりさえしなければ…)

それが、あたしの幸せのモトshine

さあ、もっともっと幸せのモトを増やしていきたいなnote

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